長崎の文化財

2019年01月03日

初詣2019・・「長崎11社」松森神社から宮地嶽神社

まだ1/1で「初詣巡り」は始まったばかりです

松森天満宮01
諏訪神社から毎年のパターンですが「松森天満宮」に向かいました

松森天満宮01-2
神社の掲示板に「長崎11社」の案内がありましたが昨年登場した時は「長崎9社」でしたよね・・・新たに追加されたのが「宮地嶽神社」と「八剣(八剱)神社」ですから過去に訪れたことがありますが[
八剱神社」には駐車場がありましたっけ?

松森天満宮01-3
拝殿へと向かいましたがまだそれほど参拝客は多くはありません

松森天満宮01-4
拝殿前にも数組いただけです

松森天満宮01-5
年に数回は訪れていますがやはり初詣の時が一番拝殿内もきれいですね(^^)

松森天満宮01-6
例によって「職人尽」を見ながら境内を回った後に

松森天満宮02
社務所の隣にあった「長崎11社スタンプラリー」の台紙を貰いましたが

松森天満宮02-2
こちらが「松森天満宮」のスタンプです(^^)

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

宮地嶽神社01
その「長崎11社」に初めて選定された「宮地嶽神社」に行ってみました

宮地嶽神社01-3
この神社独特の「手水舎」にも水が張られていたのは「初詣」だったからでしょうか

宮地嶽神社01-1
恐らく今年初めて作ったであろうスタンプですがなかなかいい出来だと思いますね(^^)

宮地嶽神社01-4

宮地嶽神社01-5
この神社を有名にしているのはこの有田焼で作った鳥居で

宮地嶽神社02
以前から国の「登録有形文化財」に指定されていたのですが

宮地嶽神社02-2
何と新たに長崎市の「景観重要建造物」にも昨年指定されていたのですね・・・そのせいで以前は無かった「登録有形文化財」のプレートも併せて設置されていました(^^♪

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2018年12月06日

皿山人形浄瑠璃2018・・「傾城阿波の鳴門」再び

まだ12/2の波佐見・皿山地区にいます(^^;

皿山人形浄瑠璃01
皿山大神宮という神社の境内に建っている「皿山人形浄瑠璃館」にやってきましたがここで「人形浄瑠璃」を見るのも7年目になりますね

皿山人形浄瑠璃01-2
最近は開始30分くらい前には到着するのですがすぐ前の駐車スペースが満車だったこともあり建物に入れたのは15分前・・・こんな時に限って見物客も多いですね(^^;
その後もお客さんは増え続け始まる頃には9割がたの席が埋まっていました

皿山人形浄瑠璃01-3
例によって保存会会長によりストーリーの解説や「皿山人形浄瑠璃」の歴史などの話がありましたが今回は昨年まで三味線を担当していた唐津の竹本鳴子太夫が来られなく完全に「皿山地区」の人だけでの上演になるそうです

皿山人形浄瑠璃01-4
何と昨年まで「太夫」として義太夫を語っていた陶器店のお嬢さんが三味線を弾くことになったのですね(゜o゜)

皿山人形浄瑠璃02
定式幕が開きいよいよ始まりますが演目は7年前にも演じられた「傾城阿波の鳴門」ですが「三味線」のレパートリーがまだ少ないからだそうです(^^;

皿山人形浄瑠璃02-3
先ずは「巡礼おつる」が登場してお馴染みの「巡礼にご報謝〜」のセリフ・・・とは言っても最近の人は知らないでしょうね

皿山人形浄瑠璃02-4
その後に続く「あ〜い〜、とと(父)さんの名は、阿波の十郎兵衛と申します。」「かか(母)さんの名は、お弓と申します」の場面は私の父親が好きだったみたいで子どもの頃に「口真似」するのを良く聞いたものです

皿山人形浄瑠璃02-3-2
その後はこの「巡礼おつる」が実の娘と判ったのに累が及ぶのを恐れて名乗ることが出来ないお弓の葛藤が続きます

皿山人形浄瑠璃02-5
「ここで一緒に住みたい」という「おつる」を突き放しますが

皿山人形浄瑠璃02-6
やはりわが子を思いその場に泣き崩れます

皿山人形浄瑠璃02-7

皿山人形浄瑠璃02-8
でも「もう2度とは会うことが出来ない」と思い直して娘を追うところで柝(き)が入り幕になります

皿山人形浄瑠璃03
最後に再び保存会長が登場して文楽人形の説明をしてくれていました(^^)


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2018年11月13日

「おおむら秋まつり」で郡三踊の「沖田踊」

11/4の「おおむら秋まつり」会場にいます(^^;
姜鵬さんの「変面」が終了した後オムジャスに行き女房と合流してから再び会場に戻ってきました・・・この日の一番の目的である「沖田踊」が始まる15分前くらいです
「沖田踊」は以前記事にした「黒丸踊」「寿古踊」と併せて「郡三踊」と呼ばれ国の「重要無形民俗文化財」に指定されている民俗芸能なんです・・・全国で300くらい指定されているのですが長崎県では「長崎くんちの奉納踊」「平戸神楽」「平戸のジャンガラ」「ヘトマト行事」「壱岐神楽」に続いて6個めの登録になるというとても貴重な民俗芸能みたいです
なお「郡三踊」に関しては「関西学院大学社会学部 島村恭則ゼミ」の論文と「福重ホームページ」の「大村の歴史」に詳しく書かれています

沖田踊01-1
時間になると「傘鉾」を先頭に入場してきましたが観客は直前に行われていたイベントに比べてもかなり少ないのはやはり皆さんあまり興味が無いのかな(^^;

沖田踊01-2
「傘鉾」は3人で抱えているみたいです・・・昨年の「寿古踊」でも傘鉾が登場しましたがその時は入場しただけでしたね

沖田踊01-3
「飾(ダシ)」はまぁ派手ですが「垂」はかなりあっさりしているので「長崎くんち」の傘鉾ほどの重量は無いみたいです

沖田踊01-4
入場時の女性陣が差している日傘には「寿古踊」同様ひな祭りの「吊り飾り」みたいなのがぶら下がっていますが理由があるのでしょうね

沖田踊01-5
お囃子連はステージの上に勢揃いしていよいよ始まるみたいです

沖田踊01-6
先ずは傘鉾の演技がありましたがさすがにこの時は一人で抱えていましたね・・・でも長崎くんちの傘鉾とは違い「技」を見せることは無く短時間で退場しました

沖田踊02
いよいよ「沖田踊」の出演者が入場してきました
本来は「長男」だけが出ていたそうですが女の子もいますね・・・やはり少子化の影響で子どもの数も少なくなっているのでしょう

沖田踊02-2
文化庁の「文化遺産オンライン」によると
この踊りは道囃子、入端【いりは】、本踊、出端【では】からなり、踊り子(小刀、大刀【なぎなた】)、締太鼓、鉦鼓、笛、歌い手、笠鉾、旗、踊り子、付添で構成され、付添以外は男子である。踊り子の小刀は小学校高学年生、大刀は中高校生で他は大人である。道行で踊り場に入り、内円に小刀、外円に大刀が向い合って二重の円陣を作る。踊りは、小刀と大刀が打ち合わして締太鼓、笛、鉦の囃子と古風な歌につれて、振り美しく踊られる。風流踊りの一つとして、地方的特色の顕著なものである。
とありますがやはり「沖田踊」と同じく下座音楽や踊りの形態が500年以上ほとんど変わらず継承されているのが最大のポイントなんでしょうね

沖田踊02-3
「二重に円陣を組んで踊る」ことはありませんでしたが刀と長刀(なぎなた)を手にした子供が向き合って所作を行うので「なぎなた踊り」とも呼ばれているそうです
でも昨年の「寿古踊」と同じく動きは単調ですしそれほど「見せ場」もありませんから画像だけだと判らないので動画も撮ってみました

沖田踊02-5
何と「沖田踊」自体は10分くらいで終了しました(゜o゜)
「黒丸踊」や「寿古踊」は30分以上演じられていたと思いますが最初からこんなに短かったのでしょうか?


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2018年10月19日

矢上くんちで「間の瀬狂言」・・郷くんち2018

「かき道浮立」に続いては平間町間の瀬地区が行う長崎県指定無形文化財である「間の瀬狂言(猿浮立)」ですが前回とは順序が入れ替わっていますね・・・今回も写真が普段の記事より多くなっています(^^;

間の瀬00
先ずは挨拶ですが最初に「シャギリ」の演奏から始まるのでシャギリ連も一緒に加わっています

間の瀬00-2
その後に恒例の手ぬぐいの「撒き物」ですが今回は昨年末に受賞した文部科学省・文化庁の「地域文化功労者」受賞記念になっています(^^)

間の瀬01-2
最初は「シャギリ」からのスタートですが前回に比べると若い女性が増えていますね(^^♪

間の瀬01-3
シャギリ演奏が終わるといよいよ「間の瀬狂言」の登場です

間の瀬01-4
今回も浄めの水を掛けられたのでこの先1年間は無病息災でしょう(^^)

間の瀬01-5
高下駄を履いた人に従って入場してきたのは

間の瀬01-6
久しぶりに復活した「稚児行列」だそうです

間の瀬02
その後はお馴染みの「立道具」や

間の瀬02-2
「ササラ」が行われましたが

間の瀬02-3
会場を1周するだけなのはちょっと物足りないですね(^^;

間の瀬02-4
続いて子供達によるによる「月の輪」の奉納ですが

間の瀬02-5
この子たちの見せ場はアクロバティックな動作にあるみたいで演奏は隣の中太鼓がリードしているみたいです

間の瀬02-6
その後にはちゃんとした「月の輪」が披露されます

間の瀬02-8
結構重いであろう「月の輪」を被っての舞と演奏は結構見応えがありましたね

間の瀬03
ここで改めて自治会長の挨拶があり「猿狂言」の説明がなされました

間の瀬03-2

間の瀬03-3
その後にいよいよ「猿狂言」の始まりましたが登場するのは大人4人と猿役の子供3人だけです

間の瀬03-4
途中は「鳴り物」は無くコミカルなセリフ&動きで観客の笑いを誘っていましたが

間の瀬03-5
「猿」が登場すると「シャギリ」も演奏を開始しましたが

間の瀬03-6

間の瀬03-7
いろんな動きをするとそれに合わせて次第に伴奏も活気を増し

間の瀬03-8
太鼓や「鉦」も賑やかに演奏を始めました(^^;

間の瀬04
一旦終了した後に「もってこ〜い」の声が掛かり猿の動きも段々と良くなってきました

間の瀬04-2
最後はお約束の「バナナ」を田上市長から手渡されていました(^O^)


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2018年02月08日

大村ぶらぶら・・旧円融寺庭園と大村市内25神社巡拝

この日は女房の運転免許更新のため大村試験場に行ってきました・・・ここで免許更新を行う場合は午前中は車も駐車できないくらい混みあっているのですが、午後からだと嘘みたいに空いているので絶対に午後から行った方がいいと思いますね
大村試験場に到着したのが午後1時半過ぎで講習が2時から始まり終了予定が2時40分くらいだとか・・・それまでの約1時間どこで時間を潰しましょうか?


円融寺庭園00
ふと思い出したのが「長崎裁判所大村支部」前を通るたびに目に付いていた「円融寺跡庭園」という案内板・・・確か「国指定史跡」だったとは記憶していますがそれ以外の知識は全く無いのでちょっと行ってみることにしました

円融寺庭園01
裁判所横の細い道をしばらく走るとどうやら到着したみたいですね・・・でも目の前にあるのが「旧円融寺庭園」なんでしょうか? ちなみに「国指定史跡」では無く「国指定名勝」でした(^^;

円融寺庭園01-2
すぐそばにあった案内板で確認するとやはりここみたいです

円融寺庭園01-5
園内に入ってみることにしましたが鳥居と「大村護国神社」の大きな石碑・・・旧円融寺というくらいですからその後「護国神社」になったのかな?

円融寺庭園01-6
敷地内には「旧円融寺庭園」とありますが

円融寺庭園01-7
この池がメインなんでしょうか?

円融寺庭園01-9
そう思いながら案内板を見ると「前方の長い石段を上がると」とあるので

円融寺庭園02
この石段を上がってみることにしました・・・説明文の中に出てくる「深沢儀太夫」という人は「野岳湖」にある「儀太夫記念館」や「ぎだゆう汁」の元になった人でしょうね(^^;

円融寺庭園02-2
さほど長くない石段を上がった先にあったのは・・・何でしょうかこの光景は(゜o゜)
今まで似たような景色を見たことは一度もありませんね

円融寺庭園02-3
これが国指定名勝「旧円融寺庭園」なんですね

円融寺庭園02-6
内奥の斜面を利用して、約400個もの石を用いて築かれた枯山水式の庭園で、特に3つの立石を組み合わせた、三尊方式とよばれる立石が配置され、中央と東側には白い玉石を使って川と滝を表した枯流、枯滝を見ることができます。その姿、規模ともに、たいへん優れた庭園
だそうですが昭和44年に再発見されるまでは長い間人に知られていなかったそうですね

円融寺庭園02-4
普通に入れるのかと思い近寄ってみると「立ち入らないようにしましょう」という緩く小さな案内・・・もっと手前に大きく書きゃいいのにね(^^;

円融寺庭園02-5
その隣には「戊辰の役戦没者の碑」がありますが、これをきっかけに角館(現在の秋田県仙北市)と姉妹都市になり毎年大村公園で行われる「花菖蒲まつり」にブースを出したり国の重要無形民俗文化財である「飾山囃子(おやまばやし)」の上演を行ったりしているのですね

円融寺庭園03
その先にある小さな神社が「護国神社」なんでしょうか?
先ほど入口で見た鳥居や石碑を建てるくらいなら社を新しくしたほうがいいのじゃないかな(^^;

円融寺庭園03-2
拝殿の脇にあったのは「大村市内25神社巡拝」というポスターと「スタンプ格納庫」ですが何でしょこれは?

円融寺庭園03-3
どうやら先日記事にした「長崎九社スタンプラリー」の大村版みたいですね・・・ただしこちらの方が2015年からスタートしたみたいですから先輩です
専用のサイトを見ると25ヵ所の神社の案内もあるので「ちょっと回ってみようかな」という気持ちになりますがどうやら最初に「願いひ結び帳」というスタンプ台帳(神社巡拝冊子)を「昊天宮」「富松神社」「大村神社」のいずれかの社務所で700円で購入する必要があるみたいですね・・・神社ではお賽銭以外で何かを買うという事は嫌いなのでやっぱりパスでしょう(^^;
でも上記の三社や「松原八幡神社」にはすでに訪れていますしブログネタとして回ってみるのは面白そうですね

円融寺庭園03-5
何やら碑がずらっと並んでいますが

円融寺庭園03-6
「大村藩三十七士の碑」だそうで明治維新の時、大村藩を尊王倒幕運動に導く原動力となった人達だそうです・・・さほど興味が無いせいもありますがこれも初めて知りましたね(^^;

円融寺庭園04
その横にさらに上に上がる階段がありました
円融寺庭園04-2
ここにも神社があり

円融寺庭園04-3
「春日神社」というそうです・・・創建は寛永17年(1640)で大村家の祖先といわれる藤原家の氏神である、奈良の春日神社の分霊を祀る神社だそうです

円融寺庭園04-4
ここにも「大村市内25神社巡拝」のスタンプがありました(^^)

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2017年12月06日

波佐見「皿山人形浄瑠璃」で「壺坂霊験記」

ランチも食べていよいよ「皿山人形浄瑠璃」です(^^)

皿山人形浄瑠璃01
6年前の前のことがあるので今年も開演30分前には会場である「皿山人形会館」に到着しましたが縁側では三番叟の人形がお出迎えをしています(^^)

皿山人形浄瑠璃01-2
舞台の前にこの日行われる演目を書いていますが

皿山人形浄瑠璃01-3
実は「器替えまつり」の最中に庭先回り(?)と遭遇していたので「壺坂霊験記」を演じることは判っていました(^^;

皿山人形浄瑠璃01-4
今回も保存会会長の挨拶からスタートです
毎回ですがこの時にあらすじを話してくれるのはいいですよね・・今回の「壺坂霊験記」も私の親たちの世代にとっては浪曲などで慣れ親しんだ物語でしょうがテレビで育った今の人たちは「お里沢市」と言っても全く判らないと思います(女房も知りませんでしたし(^^;)
そういえば浪曲の有名な「妻は夫をいたわりつ、夫は妻に慕いつつ〜」のくだりは過去に何度か聞いた記憶がありますがどこで聞いたのでしょうね・・・父親も時々口にしていましたが・・・続きの「頃は6月中の頃、夏とはいえど片田舎〜」までは覚えています

皿山人形浄瑠璃01-5
お馴染みの義太夫語りのお二人も席に着き

皿山人形浄瑠璃02
定式幕が開き柝が入りいよいよスタートです

皿山人形浄瑠璃02-1
この日演じられるのは「山の段」ということでその前にある有名な「三つ違いの兄さんと〜」という件を聞く事はできませんでした(^^;

皿山人形浄瑠璃02-4

皿山人形浄瑠璃02-5
「お里」の行く末を思い自ら崖下に身を投じる盲目の「沢市」

皿山人形浄瑠璃02-6

皿山人形浄瑠璃02-8
それに気付いた「お里」もくどきの長セリフの後に「沢市」の後を追います

皿山人形浄瑠璃03
その後二人が参拝した壺阪寺の観音菩薩の化身が登場

皿山人形浄瑠璃03-3
二人を蘇らせた上に盲目だった沢市の目も見えるようになりました

皿山人形浄瑠璃03-5
この奇跡に二人で喜び舞い踊るシーンで幕になります
上演時間は30分強でしたが女房は「最後の踊りの意味があまり判らなかったのに長過ぎた」そうです(^^;



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2017年11月08日

「おおむら秋まつり」で郡三踊の「寿古踊」

朝から長与で行われた「オレンジマルシェ」に寄った後は大村に向かいました

寿古踊00
やってきたのは「シーハット大村」ですが

ダイナー05
この日はここで「第17回 おおむら秋まつり」というのが開催され大村に伝わる郷土芸能である「郡三踊」のひとつ「寿古踊」が上演されるのです
「郡三踊」のなかでは以前「黒丸踊」をこのイベントで見たことがありますが「寿古踊」は初めて見るので楽しみです(^^♪

寿古踊01
入場が始まるといきなり「傘鉾」が登場したのにはビックリ(゜o゜)

寿古踊01-2
その後に続くのは訪問着姿の踊り子付添いの方々ですがさしている傘に付いている飾りがひな祭りの「吊り飾り」みたいで楽しいですね(^^;

寿古踊01-3
傘鉾は入場行進しただけでその後はずっとここで待機していました
そういえば郡三踊以上に長崎では歴史がある「田結浮立」での傘鉾も登場しただけでしたね(^^;

寿古踊02
「寿古踊」の主役である「舞太夫」と「垣踊」の面々が登場しました

寿古踊02-2
笛と太鼓が演奏を始めます


演奏の模様を少し(^^;

寿古踊02-4
よく見ると真ん中にいる「舞太夫」は月の輪なんですね(゜o゜)



これも短いですが最初の踊りの部分です・・・他の祭りでは聞いたことが無いメロディーですし顔を隠しているというのも独特ですね

寿古踊02-5
文化遺産オンライン」で「地太鼓の囃子につれて歌が歌われ、それに合せて、舞太鼓を中にはさみ、両側に踊り子が並んで踊る。踊り場の中央に敷いた敷物の上に舞太鼓が上り、太鼓を打ちながら踊る。」と紹介されていますがとても優雅で格式高く「祭り」という派手さは感じられませんね



画像ではほとんど変化が見られないので動画にしました(^^;

寿古踊02-6
歌い方は,時代による変動も少なく,室町末期歌謡の面影を残している。舞太鼓の打ち方も古風で,鍋笠は古型を止め,踊り子の服装は,華やかに変化しているが,由緒の古さ,歌詞や歌い方の古調,太鼓がかりの素朴さなど,県内では稀な中世芸能の姿を伝えている。」
とあります



他の地域の浮立や垣踊とはかなり様相が違います



ここで少し動きに変化があり垣踊の人たちが「舞大夫」の周囲を回ります

寿古踊02-8
ここで演じた後は庭先回りとか無いでしょうから来年の「花菖蒲まつり」まで上演されれないのかな?
「黒丸踊」は毎年11/28の「法養祭」で演じられますが「寿古踊・沖田踊」は3年に2回しか上演されないのでは継続が難しいでしょうね・・・500年以上も内容をほとんど変えずに継承してきたというのは奇跡的だと思いますから、3年前に「郡三踊」が「国重要無形民俗文化財」に登録されたのはホント良かったと思います

来年は残る「沖田踊」を見に来れるかな?
何せ「おおむら秋まつり」は毎年開催日が変わるので予定が立てにくいのですよね・・・11月第1日曜日とかに決めてくれるといいのですが(-_-;)


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