2019年12月08日

何気に「風呂」や「水道」の思い出

昨日の記事で書いた「ナフコ時津店」の「ドライブレコーダー」売り場のすぐそばが「アウトドア」用品売り場でしたが

薪
何と「薪」が山積みされていました(゜o゜)
たまたま近くに担当者らしき人がいたので「薪が売れるのですか?」と聞くと「最近はかなり売れていますね」とのこと・・・何でも「アウトドア」で使う人が多いみたいで外の「木炭コーナー」に置いていた頃に比べると数倍は売れているそうです・・・たしか「コメリ時津店」では「薪ストーブ」を販売していましたからそこの売り場には必需品として「薪」もありましたがさほど大々的には販売していませんでしたよね

この「薪」を見て「そういえば子供の頃には何度か薪割りをしたことがある」ということを思い出しました(^^;

・私の実家は今は亡き父親が31歳の若さで建てたのですが当時はまだ水道が通っていなかったので父親と弟(私にとっては叔父さん)と二人だけで自宅の土間に「井戸」を掘ったそうです

・水道が通ったのは昭和32年ごろだったそうですから私が物心つく頃にはあった訳ですね

・その頃は風呂の燃料というと石炭か薪でしたが我が家では薪を使っていたみたいで近所の燃料屋さんで薪を買ったり母親が近くの山から取ってきたりしていたみたいです

・だから何故私が「薪割り」をしたのか理由は不明ですが多分材木屋さんに知り合いがいたので使い物にならない「木」をたまに貰っていたのじゃないでしょうか・・・家には普通の家庭では使わないような「薪割り斧」もありましたから

・炊事にはプロパンガスを使っていたのですが都市ガスが通ってからは実家の風呂も「ガス風呂」になったので「薪割り」をすることも無くなりました

・暖房も「火鉢」と「堀コタツ」しかありませんでしたから寝る時に使っていた「湯たんぽ」の残ったお湯を洗面時に使っていましたね(^^;

・「石油ストーブ」を買ってからは上に乗せていた「薬缶」で常にお湯を沸かしていましたから「湯たんぽのお湯」の出番も無くなりました

実家01
これが昭和29年に父親が建てた最初の家ですが近所は水田とサツマイモ畑が広がっていたそうですね
私が生まれたのが昭和28年ですから当時住んでいた借家では手狭になったのでしょう
画像にはテレビアンテナが写っていますがテレビを買ったのは昭和34年でしたから写真を撮ったのはその後でしょうね

実家01-2
昭和37年に増改築を行いましたが当時では珍しく居間や台所は全て板張りの洋式スタイルでした


ssiimm at 09:19│Comments(0)clip!ノスタルジー 

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