2016年08月29日

諫早市飯盛の「田結浮立」2016・・その1

昨日は朝から久しぶりに雨が降っていましたね・・・農家の人は喜んだでしょうがこの日にイベントを予定していた方々は「1か月以上晴れていたのに何でこの日に」と落胆したのじゃないでしょうか

私はこの日には西海市の「上岳八朔祭」での大名行列を見に行くか諫早市の「田結浮立」を見に行こうか考えていたのですが雨でも体育館で行うであろう田結浮立に行くことにしました・・・3年前にも見逃していますしね(^^;

田結浮立01
最初の予定では田結のあちこちの神社などで奉納踊りを行った後はここ「飯盛西小学校」のグランドで午前11時から行うことになっていたのですが「雨」のせいで体育館での上演になるそうです

田結浮立01-2
思った以上にきれいで広い体育館ですね(^^)
入口で「2階で見るか1階にするか」聞かれたので当然「砂かぶり」である1階で見ることにしたのですがほとんどのカメラマンは2階に陣取っていましたね・・・1階にいた地元のお年寄りの解説を聞きながらの観覧は楽しかったのですが(^^;

田結浮立01-3-2
「田結浮立」は3年に一度「本浮立」といって各地区の奉納踊りを一挙に上演するそうです

「長崎県神社庁」の解説によると
田結浮立の起源は奈良時代の神亀元(724)年で、五穀豊穣・雨乞い祈願として始まりました。この年の秋、収穫間近の稲穂が高波に襲われものが自生のシャギ竹に結ばれて無事であったことから、神仏の御加護によるものとの感謝と、堤防を築かれた龍宮様へのお礼として垣踊りが奉納されたのです。
 江戸期に入り、さらに田結村の六つの地区から特色のある出し物が加わって今日の形になり、諫早領主の御用浮立として伝承され、県内各地の伝統芸能にも広く影響を及ぼしたと言われています。
 現在の構成は、垣踊り、蛇踊り、浮立、池下踊りに大別され、その出し物の種類は、傘鋒、道具廻し、掛打ち踊りや、勇壮な大太鼓舞など十数種類に及ぶ豊富さです。時代的にも室町末期から江戸中期の芸能まであって、県内で最も多彩であり、昭和55年に県の無形民俗文化財に指定されています。
とあります

田結浮立02
先ずは「垣踊」からスタートです

田結浮立02-2
各地の「郷くんち」で見慣れた「月の輪」が登場しました

田結浮立02-3
「月の輪」自体は式見の「相川町月の輪太鼓」が大きいですし動きもダイナミックです

田結浮立02-4
でもここの「月の輪」は市内の月の輪の原型なんでしょうね
何より驚いたのは出演者による「歌」です


こんな「月の輪」は初めて見ました(゜o゜)

田結浮立03
続いて登場したのは何と「傘鉾」(゜o゜)

田結浮立03-2
「長崎くんち」以外で「傘鉾」を見るのは初めてですね・・・残念ながらあっという間に退場しましたが(^^;

田結浮立04
次は「道具廻し」だそうですが「矢上くんち」における「立道具」ですよね

田結浮立04-2
奉納踊りの前には挨拶が行われます(^^;

田結浮立04-3
離れた位置での投げ渡しはかなり練習したのでしょうね(^^;

田結浮立04-4
軽い麻素材とはいえこれだけ大きいと結構重そうです

この後「龍踊」や「掛け打ち」があるのですが次の記事に続きます<m(__)m>


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