2014年04月21日
香焼山・円福寺の「弘法大師祭」でおもてなし(^^)
先週深堀の「菩提寺」で見かけたポスターを頼りに再び香焼に行ってきました・・・目的は毎年4/20・21に開催されるという「弘法大師祭」です
普段はこんなお寺のイベントには一人で行くことが多いのですが「昔知っていた人がこのお寺と関係があった」ということで女房も一緒に行くことになりました
本来は旧香焼町役場である「香焼行政センター」近くにある400段近い階段を上がっていくのが正式なんですが女房が無理みたいなので車で上まで行くことにしました・・・それでも一応香焼行政センターに寄ってみると近くの路地では車両通行止めにして屋台がいろいろ出店していましたから長年この地では愛されてきた祭りなんでしょうね
階段をショートカットして円福寺の駐車場に車を停め書面に回ると手作りの横断歩道も出来ていました^^;
何故このお寺で「弘法大師祭」が長年行われてきたかというと
弘法大師は平安時代の始め頃、唐(中国)からの帰途中にこの地に立ち寄り、円福寺裏山で香を焚いて護摩密法を修法したとされています。岩壁の窪みには、今でもお香の煙の跡が残っていてこの山を香焼山と呼び、のちに香焼島となったと言われています
という謂れがあるそうです(恵のみそHPより)
4/20・21が「弘法大師祭」かと思ったら4/20は「お逮夜」とあるので祭りは4/21がメインみたいです・・・この日は予報が外れて雨が降らずにホント良かったですね(^^)
中に入ると右側ではテーブルが用意されて「接待」なるものが行なわれていましたが
私たちも呼び込まれてテーブルに着くと
筍や山菜を使った料理に加えて赤飯でのおもてなし(゜o゜)
料理はホント美味しかったのですが、見るとたくさんの女性陣が調理に参加していましたからお寺のみじゃなく地元に長年密着したイベントなんでしょうね
席の近くにあった梵鐘は長崎市の有形文化財に登録されているそうです
境内のあちらこちらに弘法大師像がありましたが本堂に上がる階段脇にも鎮座していました
こちらが「香焼山・円福寺」本堂ですが私たちを「おもてなし」に誘っていただいた方の話ではこの日は朝からここで落語が行なわれたそうです(゜o゜)
中には当然弘法大師が祀られていました
本堂脇にはさらに上へと続く石段があり
上がった場所にはお堂があり、やはり弘法大師が祀られています
さらに階段は上へと続き
さらにお堂があり弘法大師像がありますが
この大師像は目が光っています(゜o゜)
話によるとこの像は年に1度、この「弘法大師祭」のときにのみ開帳されるそうです
その大師像の前に飾っていたこの沓にはやはり意味があるのでしょうが・・・
その隣にはこれでもかと言わんばかりに石段があり
本堂から約250段くらい上がった場所には
金比羅様が祀っていました
石段は上がるより下るほうが大変なのに手摺は上る側にしかついていません(-_-;)
参道の途中にも弘法大師像を始めいろんな像が祀られていましたが本堂近くまで下ってくると「豊川稲荷」や「弁財天」が祀っていてその奥には
何やら「碑」らしきものが
これは「唐人海難者改葬供養塔」といってやはり長崎市の史跡に指定されているそうです
もっと物静かな祭りだと思っていたのですが参拝者も多く地元に密着した祭でなかなか良かったですね・・・特におもてなしが好印象だったので来年もまた来たいと思いました
この日の4月21日というのは弘法大師の命日だと伝えられているので清水寺でも同じような催しが行なわれているみたいですからそっちにも行ってみたいですね^^;
そういえば境内の何ヶ所かで大村名物の「兵児葉寿司おこし」を販売していたのは何故なんでしょう?
普段はこんなお寺のイベントには一人で行くことが多いのですが「昔知っていた人がこのお寺と関係があった」ということで女房も一緒に行くことになりました
本来は旧香焼町役場である「香焼行政センター」近くにある400段近い階段を上がっていくのが正式なんですが女房が無理みたいなので車で上まで行くことにしました・・・それでも一応香焼行政センターに寄ってみると近くの路地では車両通行止めにして屋台がいろいろ出店していましたから長年この地では愛されてきた祭りなんでしょうね
階段をショートカットして円福寺の駐車場に車を停め書面に回ると手作りの横断歩道も出来ていました^^;
何故このお寺で「弘法大師祭」が長年行われてきたかというと
弘法大師は平安時代の始め頃、唐(中国)からの帰途中にこの地に立ち寄り、円福寺裏山で香を焚いて護摩密法を修法したとされています。岩壁の窪みには、今でもお香の煙の跡が残っていてこの山を香焼山と呼び、のちに香焼島となったと言われています
という謂れがあるそうです(恵のみそHPより)
4/20・21が「弘法大師祭」かと思ったら4/20は「お逮夜」とあるので祭りは4/21がメインみたいです・・・この日は予報が外れて雨が降らずにホント良かったですね(^^)
中に入ると右側ではテーブルが用意されて「接待」なるものが行なわれていましたが
私たちも呼び込まれてテーブルに着くと
筍や山菜を使った料理に加えて赤飯でのおもてなし(゜o゜)
料理はホント美味しかったのですが、見るとたくさんの女性陣が調理に参加していましたからお寺のみじゃなく地元に長年密着したイベントなんでしょうね
席の近くにあった梵鐘は長崎市の有形文化財に登録されているそうです
境内のあちらこちらに弘法大師像がありましたが本堂に上がる階段脇にも鎮座していました
こちらが「香焼山・円福寺」本堂ですが私たちを「おもてなし」に誘っていただいた方の話ではこの日は朝からここで落語が行なわれたそうです(゜o゜)
中には当然弘法大師が祀られていました
本堂脇にはさらに上へと続く石段があり
上がった場所にはお堂があり、やはり弘法大師が祀られています
さらに階段は上へと続き
さらにお堂があり弘法大師像がありますが
この大師像は目が光っています(゜o゜)
話によるとこの像は年に1度、この「弘法大師祭」のときにのみ開帳されるそうです
その大師像の前に飾っていたこの沓にはやはり意味があるのでしょうが・・・
その隣にはこれでもかと言わんばかりに石段があり
本堂から約250段くらい上がった場所には
金比羅様が祀っていました
石段は上がるより下るほうが大変なのに手摺は上る側にしかついていません(-_-;)
参道の途中にも弘法大師像を始めいろんな像が祀られていましたが本堂近くまで下ってくると「豊川稲荷」や「弁財天」が祀っていてその奥には
何やら「碑」らしきものが
これは「唐人海難者改葬供養塔」といってやはり長崎市の史跡に指定されているそうです
もっと物静かな祭りだと思っていたのですが参拝者も多く地元に密着した祭でなかなか良かったですね・・・特におもてなしが好印象だったので来年もまた来たいと思いました
この日の4月21日というのは弘法大師の命日だと伝えられているので清水寺でも同じような催しが行なわれているみたいですからそっちにも行ってみたいですね^^;
そういえば境内の何ヶ所かで大村名物の「兵児葉寿司おこし」を販売していたのは何故なんでしょう?